清楚な女子高生と付き合いたい。

今回の記事では、清楚な女子高生と付き合うために実際に取り組んでいくことを考えていきたい。

 

まず清楚な女子高生と付き合うためにはどうすればよいか?5つのステップを掲げてみる。

1,男性としての魅力をつける
2,恋愛モードである清楚なjkと出会う
3,のんびり距離を詰める
4,好意をほのめかす
5,引く→手のひらコロコロ状態

 

前記事でも書いたが、私はいま一人の清楚な女子高生を5の段階までもってきたわけであるが、わりとまぐれに近いものがある。とりわけ2のステップにおいて。彼女はバイトの後輩であるのだが、とてもひとなっこく、かつ周囲に魅力的な男性がおらず、そして恋愛モードであった。正直、このステップ2さえ乗り越えれば5まではトントン拍子で事が進む。1はステップ2以降の成功確率をあげるための努力で重要ではあるが、一番力点を置くべきはステップ2である。ステップ3,4,5については数を重ねればさらに上達することだろうし、なによりも楽しい瞬間であるので、純粋にその時を楽しめば良いと思う。

 

まず「ステップ1男性としての魅力をつける」について。私は完全に『清楚な女子高生』にターゲットを絞っているので、彼女らにあわせた魅力的な男性になればよい。だが、それが何なのか最初からわかっていたら苦労はない。そのため、実地の経験を積みながら研究していく形になるが、なんとなく方向性はわかっている。

 

まずなんといっても見てくれだろう。イケメンであるに越したことはない。イケメンにも色々と方向性があるが、清楚な女子高生は同じく清潔で爽やかな男性を好むことだろう。なぜなら、世の中のカップルを見渡せばわかるように、ギャルには不良ヤンキータイプの男が、オタク女子にはオタク男子が、といったように似たような性質を持った者同士が引き寄せ合う確率が高いからである。

 

私自身の見てくれは中の上か上の下あたりといったところである。私が高校生の頃に、週一程度の頻度で見知らぬ女子から連絡先を聞かれ人によっては告白までに至るといったいわばモテ期を体験したのだが、その頃より体重が増えてしまっているので、まずはそこを戻さなくてはならない。その上で、清潔感があり爽やかなファッションや髪型、言葉遣いや出で立ちを心がけたい。

 

内面的な要素について、清楚な女子高生たちは年上である男性に何を求めるだろうか。いま相手をしている女子高生は、私の同世代にはない落ち着きに惹かれているようである。あとは、お兄さん的要素だろうか。私には弟がいるのだが、彼女を弟と接する時のように扱うと、けっこう楽しそうにしてくれる。まぁ内面に関しては、要研究というよりほかない。経済的な余裕なども少なからず期待はされそうなものであるが、金で買えるような汚らしい女は要らないので、なんとも難しいところ。

 

次に再重要項目「ステップ2恋愛モードである清楚なjkに出会う」である。5つのステップの中で最難関項目であり、ステップ3以降はステップ2がなくては上達できない。ステップ1もステップ2がなくては的確な男性像をつくりあげることができない。再重要であり最難関である項目だ。

 

先程述べたように今相手をしている女子高生はアルバイトの後輩である。しかし、バイトをするような高校生に清楚な子はなかなかいないのだ。その中で恋愛モードの子はどれだけいるだろうか。出会いの絶対数が少なすぎる。かといって出合い系サイトはどうだろう。ほんの短い間、無料の出合い系サイトを覗いたことがあるが、そこは女の身体に飢えた無数のオス達が、現実世界ではさほど相手にされないであろうメスに群れているという異様な光景があった。メスの思い上がりも酷くとてもこんな世界には関わりたくないと思わされた。優良なサイトもあるのだろうが、そもそも出合い系をやるような女子高生は清楚ではないのではないかという根本的な問題から、今のところ選択肢には入れていない。私は女子高生の身体が欲しいわけではなく、清楚な女子高生と付き合いたいのだ。

 

ではどうすればよいのか。塾講師などの受験産業に関わることならば清楚な女子高生に出会うことができるのではないかと私は考える。私はそこそこの大学に入るだけの学力はあり、これを職業にしてもよいのではないかとも思っている。そのためにはまず高校時代の勉強を復習をしなくてはならない。

 

他にも趣味の世界ならば、出会うことができるのではないかと思う。楽器演奏やカラオケを突き詰めて、YouTubeなどにアップロードし、女子高生のファンなんかができたら、さぞ楽しいことだろう。

 

ステップ3以降はステップ2がこなせなくてはお話にならないので、いまはステップ1とステップ2を重点的に力を入れていきたいと思う。

 

具体的に取り組むことをまとめると

□ステップ1

・ダイエットをする 

・清潔感のあるイケメンを目指す

・大人な男性の魅力を研究する

□ステップ2

・高校英語を復習する

・趣味を突き詰めてみる

 

美とは現象である

『美』は、ある主体がある客体を認識する際の主観のうちに現象する。すなわち『美』とは、ある一定の条件を満たす客体物の本質に属するのではなく、むしろ主体の側の認識に経験的な形式で属するのである。

 

このように定義してみると『美』とは相対的な概念に思えてくるかもしれない。しかしウィトゲンシュタイン的な意味において、世界は主観的認識そのものであり、この世界ーーーすなわち〈 世界〉において、『美』は絶対的に唯一の概念である。

 

そして『美』は、あらゆる現象の中で最も力強く『生への意志』を駆り立てる表象でもある。

 

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男女問わず、高校生は美しい。人が完全な奇形となってしまう境界線に彼らは立ち、だからこそ、その美しさが一層引き立つ。

 

とりわけ女子高生はどんなに高級な宝石よりも、美しい。制服を着た女子高生は、存在そのものが芸術といえる。彼女達と会話をすると、私が奇形となってしまう直前の時代を思い出させてくれる。

 

私はいま、一人の女子高生から恋心を抱かれている。いや実際それは私に向けられたものではなく、彼女自身に向けられた自己愛である。彼女は年上の男性に憧れてを抱いており、たまたま生活圏内に、私というそこそこ気が合い、そこそこの見てくれをしている男がいたというだけの話である。

 

私自身は彼女と付き合うつもりはない。一度付き合ってしまったら必ず終わりが来てしまうからだ。高校生の時間の流れ方ならばなおさらそのサイクルは速いことであろう。私は彼女から、女子高生という生態について、学びを請いたい。そのため、なるべく恋人という関係にはなりたくない。

 

しかし彼女は、私の中で眠っていた生への意志を呼び覚ましてくれた。これについては、感謝してもしきれない。彼女は夏休みに入り、様々なイベントに私を誘ってくるが、多少は応じてみようと思う。彼女の見栄を満たしてあげることで感謝を表したい。そして、女子高生の生態について学んでいきたい。というかデートごっこをしたい。

 

固い文体では疲れてしまうので、次の記事からはもう少しフランクに書いていくことにする。

人生は遊戯場。私は目覚めた奴隷。

社会において人々は、各々が自らを整形し、善人という役柄を演じながら生きている。それができない人間は悪人として排除される力学が働き、そのようにして社会空間は維持される。だがそうしていくうちに、整形する以前の自己の顔―――すなわち本性を、人々は忘れてしまう。あるいはそれを精神的に切り離してしまう。多くの人間は、善人という役柄にアイデンティティと人生そのものを帰属させてしまう。

 

別に私はそれでいいと思う。むしろそのままであってほしい。こと私以外の人間に関しては。そうすることで平穏で安心できる社会という空間が維持されるのであるから。

 

しかし、私自身は善人として生きるということに耐えられない。生への意志が減退し、無気力になってしまう。だから、善人の着ぐるみを着用しつつも、そこから溢れてしまった本性を大切にしたい。むしろそうしなくては、私の場合は生きることができない。

 

もしも善人として生きることができたならば、それはどれだけ幸福なことであろうか。それが自然状態であろうと、なかろうと。私はかつて善人として生きるため、懸命に自らの整形を試みた。出自の分からぬスピリチュアル本からキリスト教的道徳、カントの定言命法からレヴィナス倫理学。私は聖人になりたかった。しかし、その試みを続ければ続けるほどに、私の生への意志は減退し、数年間の無気力な引きこもりを経験した。善人として生きることは、私にはできなかった。

 

このブログでは、私自身の本性ーーーすなわち生への意志を忘れてしまわぬように記録していきたい。いわば生きるための防備録である。